私の反射鏡研磨の歴史
 1988年の1月から、少年時代に手がけ、7cmと10cmの反射望遠鏡を作ってみたが、不満足な結果に終わり、長いこと中断していた研磨をふたたび始めた。当時は子供だったこともあり、仕上げ磨り用の砂もクレンザーで、紅柄など何を流用したのか不明なほど、技術は稚拙だった。今思うと鏡面は、砂穴のこりのターン・ダウン付きの双曲面だったと判断する。その結果、木星の縞模様も見えぬほどの出来だった。
 1987年の12月に、娘の小学校入学のお祝いために買ってあげたセレストロン製の20cmシュミットカセグレンで、私もふたたび観測熱が上がり、古き焼けぼっくいに火が点いた結果となった。シュミットカセグレンは光軸調整が命なわけで、見え味が大きく左右され、そのことが望遠鏡それ自体に関する興味と研磨の意欲を再燃するきっかけになった。この望遠鏡で月を観ると、素晴らしいの一言である。しかし、木星を見ると、大赤斑や縞模様が今ひとつである。シュミットカセグレンの見え味について、ネット上では不評で、ニュートン式の方が良いという。そこから、私の研磨に対する意欲と闘志が燃え上がった。買った望遠鏡が、たとえば、15cmニュートン式だったら果たして自作・研磨にふたたび突入していたかどうかは疑問である。いや、それでも、天文に対する夢やあこがれは再燃し、ぼうぼうと燃え上がったことだろう。少年時代の夢のつづきを実現するため、このノートを作ることにした。1989年1月26日記す。(反射鏡研磨記録より)

1989年(平成元年)から遡る33年前の1956年の夏休み、当時8歳だった私に、1988年9月の大接近から逆算して15回前の火星の大接近がちょっとした運命の転機となる衝撃を与えた。
 夏の夜、東の空に昇る赤い、他の星を圧する星は異様だった。それ以来、夜空にいい知れぬ興味を抱き、「天文少年」となる。

 次の年、1957年、スプートニク打ち上げ、日本もアメリカで起こったスプートニック・ショックと科学教育振興の余波が来て、後に、私が6年生だったと記憶しているが、東京都の教育委員会が始めた「科学センター」なるものに第1期生として参加することになった。これは、私はあまり自覚してはいなかったが、科学への適正ありと思われた者が各学校から2名推薦され送り出されるもので、私の住む区では30名ほどほどが1カ所に集まって、毎週、色々な化学的な実験や自習をするものであった。といっても、映画になるような天才を育成するような高級なプログラムではなく、細胞の染色をして顕微鏡で覗く(スンプ法)とか、プラネタリュムへ行くとか、振り子時計のキットを作るとかの地味でぱっとしないものではあったが、それでも、これをきっかけで上野の科学博物館に行き始め、自然と理科のスペシャリストの道を歩み始めたのだから、たいしたものである。私の時が第1期生であったが、いつまで続いたかは実は知らない。当時、アメリカではUFO騒ぎも起こっていて、H.G.ウエルズ以来のSFブームが起こっていた。テレビでも、空飛ぶ円盤ものや「地球防衛軍」とかの番組や映画が増え始めたのも、この頃である。ミステリー・ゾーンやアウター・リミッツ、世にも不思議な物語というのも始まった。とにかく、そういう時代であった。

 次の火星大接近は1958年(小学5年)で、父が作ってくれた5cmのシングルレンズの屈折式望遠鏡で火星の円盤像を初めて見て大変感激した。架台はなく、手持ちだったが、いまでも、赤い豆粒は私の脳裏に焼き付いている。これが、私と望遠鏡の出会いである。
それから、何台か今度は自分で、6cm(シングル:色消しのアクロマートではないという意味)を作った。8cmのシングルも作ったが、6cmの方が色収差が少なく、よく見えた記憶がある。そのときに望遠鏡に詳しくなり、色収差について強く意識した。そのときの思いが胸に残り、高校の合格祝いのプレゼントは6cmのアクロマートの対物レンズであった。これはプラスチックのフードに収まったメーカー製のしっかりとしたもので、大いに喜び、望遠鏡を作って観測したはずだが、どういうわけか、あまり何を見たという記憶が残っていない。そして、そのレンズもいつのまにか無くなっている。

 小学5,6年生頃は、しかし、熱心に天体観測をし、星座の写真も6×4.5の蛇腹式ピント調節機構のカメラでいっぱい撮った。赤道儀などはなかったので当然数秒から十数秒露出のために星像は長く尾を引くような写真であったが、それでも星座の形ははっきりとわかるもので、それがとても嬉しかった。星座の写真のアルバムも作った。フィルムを持って行き、「何も写っていないと思わないでね。星だから。」と写真屋に頼まなければならなかったが、次からは写真屋のおじさんは星好きの少年に対して優しくしてくれ、たしか、キャビネサイズにも焼いてくれた記憶がある。そういうわけだから、赤道儀は非常に欲しかった。カメラを枠に入れて天文台の大望遠鏡みたいに2本の腕の両端を支えて、フォーク式の糸巻きで駆動する赤道儀を考案したが、実行したかは記憶にない。たぶん、写真が1枚も残っていないのでうまくいかなかったか、考えただけで実行には移さなかったのだろう。

 夢に見るほど憧れたのは、当時、刊行されていた「(中学天文教室)望遠鏡の作り方」という星野次郎著の表紙にあった13cmニュートン式反射望遠鏡である。これは、友人にエイプリル・フールの日に騙されるほどであった。どういう理由なのか、誰だったか、大人の人からプレゼントされるというストーリーに騙され
、一時有頂天になるほどの、相当アホな天文狂いの少年であった。ちなみに、その友人とは、現在、広島県・呉にある「戦艦大和記念館」の所長をしている人物で、若い頃から明治時代の新聞の題字などのコレクションをしたり、自分の家の縁の下に潜り込み、基地を作り、便所を下から覗くという、アホな、あまり、役に立たない、どうでも良いことに血道を上げる変わり者で、板で天文台のようなものを作ったり、1メートルもある大きな戦艦大和の模型を自作したりと、偉いんだか偉くないんだかよくわからない人間である。(と、私が言っていることは内緒にしたい、が、どうでもいいか…)

木辺茂麿著の「新版反射望遠鏡の作り方」なども当時、星野次郎著(前出)の本同様、買って持っていたが、小学生の私にはまだ理解不十分であり、その通りにやるのは無理だった。しかし、小学校の近くには、レンズ工場が大小二つあり、顔なじみとなって接眼鏡用の小さな凸レンズなどを多数買ったりした。ラムスデンとかハイゲン式のアイピースも自作していた。
 傑作なのはビー玉接眼鏡である。ガラスの透明な物の中で、脈理や泡などのないものを選び、そのまま1コでアイピースを作る。これが結構視野も広く、面白いものだった。焦点距離が6,7mmだから、月などを観ると視野いっぱいに広がり、倍率は100倍ほどで、迫力があった。当然、猛烈な球面収差で、視野の周辺は大いにぼやけているのだが、錯覚という減少の効果で、素晴らしいアイピースだといまでも思っている。エルフレ(広視野アイピースの代表格)の比ではない。

 さて、自慢じゃないが、反射望遠鏡の作り方の本で誤解したことが二つほどある。一つは共磨りの運動を表す鏡と盤の中心の軌跡の図をみて、磨く鏡の上に釘を1本置き、寝かせたまま廻しながら磨くのだと思ったこと。もう一つは、"砂"とあるのを、本当に砂場の砂と勘違いしたことである。これは、いま思えば全くひどい勘違いであるが、一回やって変だとは気がついた。当時の私の名誉のために付記しておくが、自他共に認める工作少年であり、戦艦や戦闘機などの模型を作る名人であり、理科はクラスで1番であった。それなのに、何という、とんでもない間違いをしたものか。本を良く読み直して気がついたのだが、砂とは金剛砂やカーボランダムであり、ガラス板を2枚重ねて往復運動をする時の中心の移動を表す軌跡であったのである。まあ、しかし、実際に1回は砂を撒いて釘を廻してみたことは確かであるから、いいわけに過ぎないだろう。人間、最初というものは常にその程度のアホなのだ。

 砂と言えば、実は、本当の研磨用の砂はすでに持っていた筈である。というのは、町のレンズ工場に行くと土間には使用済みの青っぽい研磨砂が厚く堆積していて、休みの日に忍び込み一日集めてきていた。それを、水分離して持っていたが、青っぽいのはたぶんカーボランダムの初期のものだろうと。当時は、日本も、まだ戦後まもなくであり、技術途上国の常で、カーボランダムの純度もさほど良くなかったのであろう。現在は、粒子の大きな80番とか100番の荒砂は真っ黒であり、1000番ぐらいになると青灰色となる。

 初めて反射鏡らしきものを磨いたのは、それから5年後の高校2,3年生だったと思うが、時期に関しては良く覚えていない。ガラスは本式のガラス材は手に入らず、厚さ5mmの厚板ガラスで、本来は口径対厚さの比は6〜8ぐらい必要なので、5mmだと口径が3cmとか4cmになってしまうのだが、そこはインチキ承知の貧乏少年、しかたなく口径7cmの超薄型鏡を磨いた。荒摺には、昔、集めた青い研磨粉はもう無く、自転車で川口から千住まで行き、カーボランダムを買ってきた。これは、たぶん、機械工作用の研磨剤なのだろう。仕上げ摺り用の細かい砂は工場地帯の千住では売っていなかったので、荒摺で使って細かく砕けたガラス混じりの砂から水分離でだんだん細かい砂を集め、使用したが、荒い砂も混じりので、仕上がりは傷だらけの、砂穴残りのひどい鏡だった。紅柄(ベニガラ:第二酸化鉄の赤い粉)はたしか金物屋で手に入れたか、現在も研磨剤の整理した箱に袋詰めで残っているので、何らかの方法で買ったのだろう。今でこそ通販という非常に便利な手段があるのだが、50年以上前の話だから、記憶の深海に沈んでしまって不明である。それはさておき、科学銀メッキもしたので、明らかに化学的な基礎知識はもうあったのだろう。本で解説されているとおり、酒石酸とアルコールと砂糖で銀鏡反応に使う還元剤のブドウ糖をつくり、硝酸銀を使って銀メッキした。いまだと、これは薬局で純粋のブドウ糖を買った方が速いが、当時は、そういうことより、本通りにするのが楽しかったのである。ビール瓶に入れて作ったブドウ糖は、アルコールが入っているので、なんとも香ばしい匂いがしてよかった。しかし、この7cm鏡はひどい出来で、色消しレンズの凹レンズ(双眼鏡を分解して得た対物レンズの裏側)にメッキして作ったものの方がよく見えた。木星のガリレオ衛星4つの確認で比較しても完敗であった。フーコー検査機も自作して真剣に取り組んだにもかかわらず、である。その後も、厚さ10mmの厚板ガラスが手に入ったので10cmの鏡を磨いたのだが、これはさらにひどくて、全く実用にならなかった。かくして、第1次研磨挑戦は失意のうちに完全敗北に終わり、思春期を迎えた少年の心は、ラジオから流れるビートルズとベンチャーズの音の世界へのめり込むかのごとく逃避していった。ここから青春期が始まる。もう、天文のことは完全に脳裏からは消え去った。しばらく、結婚して子供が出来、子育て時代に入り、天文も音楽すら顧みられない時代が20年ほど続くことになる。

 ところで、一つだけ特記しておきたいことがある。中学生頃だったと記憶しているが、銀鏡反応でメッキする以前に、ニュートンの時代では金属鏡が使われていたので、これの発展系で、アルミの板をコンクリートに張り付け、反射鏡にできないかというアイデアを持ったことがある。コンクリートで凹面を作り、それに、アルミを貼り付け、研磨して反射鏡にするのである。これについては、その後、実際に似たようなアイデアで反射鏡が作られていることを知ったが、その方法とは、アルミニュームを発砲して金属スポンジのようなもので鏡の土台を作り、これを表面研磨して、さらに、アルミの真空蒸着メッキをして反射鏡とするものである。たしかに、ニュートンやハーシェルの時代より科学技術の発達した現代では、何か上手い方法がありそうなものである。金属鏡も、現代だったら、適当な合金で、表面のメッキも色々なものが考えられる。ニッケルメッキでも十分反射望遠鏡に使えそうダと思う。色々な製品がぴかぴかにメッキされている。水道の蛇口など、見事なピカピカで、あれで十分な気がする。だから金属鏡が現代に復活しても良さそうなものだ。ただ、熱膨張係数の小さな金属合金がなかなかないのかも知れず、安定した性能の光学用品にはならないのだろうか。それでも、研究する価値はあるのではないかと思っている。そのうち、私もニッケルメッキの勉強をして挑戦してみようかと思うが、ニッケルの化学めっきは青酸化物のような劇薬を使うそうなので、電気メッキじゃダメだろうか。


私の反射鏡研磨の歴史の年表を作ってみた。

1963年 口径7cmF7 ニュートン式 
    口径10cmF?〃 視覚としての鏡の記憶は残っているが、筒を作った記憶が無い。
1988年 1月 8cmF7 ニュートン  勤務先で生徒とともに研磨。まあまあ見えた。
    2月 〃 〃 〃 〃
    3月 12,5cmF9 
 
    4月 口径9cm  初のカセグレンF3.3合成焦点F18 製作超高難度で精度が出ず、アルミナイズを外注したものの実用ならず。
    5月 口径8cmF4.0ニュートン
    6月 口径15cmF3.4カセグレン
    7月 口径20cmF3.8カセグレン
    8月〜9月 口径20cmF3.1:上の反射鏡の再研磨で要点距離が短くなったもの。アルミナイズを発注したが、結局、あまり見えなかった。
    10月 口径15cmF7.5ニュートン
    12月 口径8cmF10ブラキ 初めて左周後輪が出る。副凸球面80mmと40mm、f=560mm:これはよく見えて、この方式にびっくりした。
    12月 口径15cmF7.2ブラキ 副鏡64mm、f=760mm※不明
    1月下旬 口径10cmF5.5ロング・カセグレン。副鏡を同じ曲率で両面磨きフーコーテスト口径42mm、f=640mm
    2月中旬15cmF6ロング・カセグレン。初めて裏円錐鏡に削り、軽量化。副鏡48mmf=640mm

以上、1989年2月現在。主鏡パラボラ鏡20面(うち、ブラキ用の球面7面)、副鏡凸双曲面18面(うちブラキ用球面2面)

1989年 2月 中旬 10月に作った口径15cmF7.5ニュートンを研磨やり直し、精度を高め1/16λ?アルミナイズシリコン発注
    3月 口径12.5cmF2.9。思いっきり短くしたらどうなるかの挑戦、研磨が良ければ結構見えることに思い至る。小型軽量の傑作
    4月 口径25cm(26.5cm)F5.01裏円錐、私が作った鏡の中で最大にして最もよく見えた。月の観望では30倍以上で大迫力
    5月 口径12.5cmブラキ:F10合成焦点距離f=312.5cm(F25)



 
研磨詳細記録

No,3 口径82mmF6.8 f=560、鏡材厚さ5mmの厚ガラスを2枚貼り合わせ(1988.1)

 5分間硬化型の2液混合エポキシ接着剤で初めての鏡。板ガラスは廃材。 研磨剤は100番320番、800番のカーボランダム。仕上げズリは金物屋で買った小瓶に入った1000番ぐらいのもの、ピッチは舗装用のブローン・アスファルトで20kg6000円ぐらい。ベニガラは土建材店で一袋650円なり

 久しぶりの研磨で荒ズリが楽しかった。約2時間かかって、焦点距離が出た。反転ズリはしていない。松ヤニを注文してから届くまで待てず、学校の末から生のをかき集めたのだが、量が足りず、極端に柔らかいピッチで磨いたため、鏡面の中央付近が磨け過ぎ、極度の双曲面となる。鏡端は砂穴が残ったので反転磨きを行ったせいか。

考察:強い双曲面とターンダウンの鏡面となった。原因は、柔らかいピッチで磨いたためで、反転磨りもピッチが柔らかいとダメである。それと、これは反省点としては重要なので特記しておく。
 これらを解消するために鏡面をジューサーの回転台に取り付けて、小さいピッチで部分磨きをしようと考え、ピッチの塊をドリルの先に取り付け磨いたが、けっかはいかに。これは全くダメである。速度が限界を超えるとガラスが剥がれ、表面が穴だらけに成った。結局、砂ずりに戻らざるを得なかった。
 この鏡は、努力もむなしく、ターンダウンが消えず過修正のままであった。それと、焦点の合う場所が複数ある、いわゆる複合面になった。ただ、景色は40倍程度だとよく見えて満足だった。現在も娘の望遠鏡の主鏡として現役である。斜鏡にプリズムを使ったので、収差が残っているが、初めて使えるものができたので記念すべきである。木星の縞がかろうじて見えた。(これって、結構凄いことなんです。)


No.4 口径82mmF6.6 f=540mm、鏡材鏡材厚さ5mmの厚ガラスを2枚貼り合わせ。(1988.2)

 No3の代役として製作したが、No3が独立したので、2代目の望遠鏡として独立した。息子用に作ったが後に研磨し直してF4.0として生まれ変わる。
 No.3の反省点で反転磨きをやめたが周辺に砂目が残って、見え味はほとんどNo.3と同じレベル。

No.5 口径12.5cmF8,f=1000mm鏡材厚さ5mmの厚ガラスを3枚貼り合わせ 

 口径8cmに比して図有為分大きな印象を受け、また、研磨の労力も大きかった。汗を流して研磨した思い出がある。(15cm、20cmを磨いた後では今昔物語)

1.ピッチ盤を松ヤニを多くして堅いものにしたせいもあるが、初めて球面のフーコー影が出来た。
ターンダウンは依然としてあったが、Fが大きいこともあってパラボラの影も薄く、見え味も8cmの比ではない。2階の窓から見える1kmぐらい遠くの小学校の教室舎の窓に六角形の金網が嵌まっているのが、この望遠鏡でハッキリ見えた。

2.月面は市販の10cmや12cmの望遠鏡に比べても遜色ない見え味で、娘の小学校で開催された「月を観る会」で観てきた印象では、手製の銀メッキと鏡周が悪いためコントラストと光芒のにじみの欠点はあったが、切れ味は良く、パラボラの精度が上であることがわかる。市販品より良いようであった。おそらく、市販品のF値の大きな鏡面は球面で代用しているためだろう

3.さらに、斜鏡をプリズムからパノップの斜鏡25mmに換えたら更に見え味が向上した。それまでのプリズムでは、プリズム表面に入射する光が色収差を起こし、球面収差も出ていたのだろう。火星の縞模様がかろうじて見えた。(これは、さらに凄いことです。)
 ただし、架台が「貧弱で操作性がきわめて悪いのが難点であった。それと、プリズムを落っことしたためのキズが出来た。現在は退役し、将来も使う当てはないが、記念碑的な良面である。


No.6 口径9cmF3.4カセグレン f=320mm 鏡材厚さ6mmと5mmの厚ガラスを2枚貼り合わせ

1.カセグレン望遠鏡に初挑戦である。これも、なかなか思い出深い鏡である。
 ターンダウンの修正に少し小さめのピッチ盤を多用して磨いた鏡。
  1年後にフーコーテストをしてみると研磨痕があり、鏡端凹リング付きで、さらに過修正であった。中央のカセグレン孔も少しずれてしまった。

2.初めてアルミナイズした鏡で、副鏡の製作に苦労した。
  また、本にあるように、双曲面の製作では基準面を作りニュートン・リング(フリンジ・テスト)で双曲面作るのだが、上手く凸双曲面になってくれない。   2個目以降は、裏も同じ曲率の球面に磨いて、裏からフーコーテストをする方法を発明した。(後年、ネットで検索したら、同じことをしている人が見つかり、結構、考えることは一緒だなと思った。

 かつ、この方法は、ガラスを通して測るので、ガラスの屈折率を考慮しないと行けないことまで気がついていた。すなわち、入射角が垂直でないと反射光はガラスから出るときに屈折して理論値より大きく曲がるので、逆に、表面反射の修正値は大きくしないといけない。屈折率が1.52だと1.52倍の修正量である。プリズムの斜鏡の時と同じことが起こる。さらに、プリズムの場合、屈折は2回起こるのでよくない。
 しかし、凸双曲面のテスト方法としては、なかなかのグッドアイデアだと自負する。裏を球面に磨く手間は、凸双曲面の基準面を磨く手間より遙かにすくない。(結局、同じことだから。大量生産する場合はこの限りではないが)

3.初めて製作したカセグレン式で、どうせろくなものは出来ないだろうと半信半疑だったが、結構見えて、8cmのニュートン式より良いくらいであった。(高倍率で特に)大満足な結果。
 主鏡の遮光筒は、最初、シュミット・カセグレンのような円筒形だったが、2つめからは円錐形を考案し、良好な久賀があった。遮光板は要らないことがポイント。
4.収差が残っているせいと、主鏡の精度も足りず、火星も木星も観測に耐えなかった。景色は結構面白い。試作品ということで、現在は引退し、将来も使う予定はない。1年後に作った8cmのブラキに比べ、切れ味もコントラストも格段に落ちる。

No7 No4の研磨し直し版 口径80mm f=320mmF4.0ニュートン式

 No3と同じでは意味がないので、単焦点にしたもの
 斜鏡に板ガラスをそのまま使ったが結構見えた。月面のクレータもシャープで低倍率であったが、それなりに意義深いものがあった。というのは、研磨も十分に行い、一気に磨いたものは不規則痕もできず、見栄味が良いという発見である。仕上げ磨りを丁寧に行い、ピッチ磨きを極力短くした方が良いことがわかったからである。(後のフーコーテストでターンダウンは依然としてあったがその程度が比較的なめらかだったようである。部分研磨もあまりやらなかった。

No8 口径153mmF3.6f540 鏡材6mm+5mm3枚(1988年6月)

 口径90mmのかせぐれんのある程度の成功により、後に大口径(30cm)を作る予備的な製作として、15mmに取りかかった。

1.深いカーブを作るため、グラインダーを針金で吊り、振り子式でカービングをした。その後、盤ガラス用にベニヤ板に板ガラスのタイルを貼り、荒ズリの摺り合わせを行った。
 仕上げズリの段階で、隙間に詰まった荒い砂のせいで、どうしても数本の傷が出来てしまう。共磨り法の盤ガラスの良さを再認識した。
2.副鏡の整形の検査法が確立できず、どうしても勘に頼る(偶然に頼る)ため、何枚も作り直すが、いまいち切れ味が悪くコントラストも悪い。
 月面もプラトーの付近にある火山列も不鮮明で、まだ12.5mm(No5)の方が良い。火星もNo5に劣る。
 後に、フーコーテストでターンダウンが強いこと、中央穴のところでターンダウンが生じていることがわかった。結局、主鏡が悪いと、いくら副鏡を作り直してもダメなことがわかった。現在は全く退役し、廃棄処分である。

No.9 口径20cmカセグレン主鏡F3.8 8mmガラス3枚重ね(1988年7月)


 この主鏡はいくつかの進行案の方法で研磨した。

1.振り子式研磨法:曲率半径に相当する針金でディスクグラインダーを吊り、6mm近いカーブを作った。また、鏡周も深淵加工のために石材用のディスクで研磨したので良い仕上がりであった。

2.盤ガラスは同曲率に研磨した2枚合わせのコンパネの上に、6mmの板ガラスのタイルを貼り、すりあわせを行った。そして、隙間には速乾セメントを詰め、傷の発生を防いだので、15cmの時のようなことはなかった。

3.軸付の回転台を使用した。水平を出すために3本のボルトで微調整をした。
 ※振り子式も回転台の精度をかなり確保しないと、共磨り法に比べて回転対称性を損なうために失敗であった。時間的にもあまり得策とはいえない。                                
4.回転対称性が悪く、ピントが甘く、実用にならなかった。焦点内外像は明らかに円形ではなく、アスグマチズムを無理に修正せした痕跡の四角形のぼけが見えた。結果、次のNo.10に生まれ変わる。

No.10 20cmカセグレン主鏡(No.9の再研磨版)F3.1

 共磨り法に戻ってNo9を再研磨した。焦点距離もF3.1と短くなった。1/8λの許容範囲が1%と厳しいので、限界まで頑張った。
この鏡面にはずいぶんと苦労させられた思いがある。何度も修正研磨を繰り返し、砂穴も傷もないと思ったが、9000円もかけてアルミナイズしたら、ものすごい研磨不足の砂穴と傷が目立ち、がっかりした。ベニガラの質が悪いのが原因である。建築用のベニガラはダメだという結論。

 さて、20cmリバイバルの見え味はいかに。
最初の副鏡は平凸(片面だけ磨いて裏はそのまま)で、適当なドーナツ型のピッチで磨いたので双曲面からはほど遠く収差も残り、像が絶えず揺れ、ぴしっと静止
しない。甘いピントのため、こちらの視覚中枢が必死にピント合わせをするのか目が疲れ、違和感がつきまとう。(No.9 よりましだが)

☆ 副鏡の製作における画期的な検査法を発明した。それは、裏も同じ曲率で磨き副鏡をメニスカスにする。そして、裏から表の研磨面のフーコーテストをするのである。これにより、双曲面の基準面を作り、ニュートンフリンジ方で検査するより遙かに正確で早く検査できることを思いついたのである。ただの平凸だと裏面に凸レンズがついているのを往復するのでフーコーテストが不正確だし、色収差も起こる。これをメニスカスにすることでフーコーの影にも色がつかず、全く通常のフーコーテストとして具合が大変よろしい。ただし、曲率半径が表裏同じなので、どちらを見ているかが判別しにくいという面があるが、凸の裏面反射には必ず強いターンアップの光輪が見られる(実際には磨いた面はターンダウンだが)で、すぐにわかることに気がついた。おまけに、球面ではないからフーコーテストの影がみえるのだ。
☆ さらに、トータルの検査法も思いついた。それは、明るい星、たとえば木星を見ているときに、アイピースを外してナイフエッジテストをするのである。これで過修正か負修正かがわかる。ただし、星を真ん中に導入し、赤道儀追尾しないとダメである。また、正確な光軸合わせも必要で、そうでないと変な影も出来る。(ただし、この方法は、本にも載っていたので、私の独案ではなかった。そして、この方法は主鏡と副鏡の併せたてすとができるのだが、単独のテストの1/4の精度だということである。)

☆もう一つの方法がある。それは望遠鏡の先端にシャッターをもうけて、ゾーン(輪帯)焦点テストを行う方法である。つまり、鏡の中央付近と周辺付近でどれくらい焦点がずれるかを調べる方法だ。やってみると、結構差があり、周辺と中央の焦点に5mmほどの差があることがわかった。

整理してみる

1.結論として、共磨り法(フーコーの発明)がベストであって、ブランコ法はアイデア倒れ。
2.タイル式研磨法はキズや不規則研磨になるので、よくない。
3.研磨剤は良質なものを使わないとロクなものは出来ない。
4.副鏡検査法としてはメニスカスにして裏からのフーコーテストが最高!
5.直焦点ナイフエッジ法も良い。
6.輪帯シャッターのピントテスト法も有効

以上、色々考えさせられ、技術面での進歩があった。
 この段階で、裏フーコーテスト法で凸双曲面を作るわけだが、その修正量はガラスの屈折率を見落としていたので、屈折率分の1の負修正であった。修正量は理論値の約1.52倍にしないといけない…これに気がついたのは、ずっと後のNo.16 12.5cmロング・カセグレンの副鏡を作っている時であった。よって、このときにはあまり口径20cmの威力はなく、失敗作であった。

 また、架台はこのときまでは独立に作っていたが、これ以降、びく線の赤道儀に乗せるようにアリミゾを作り付けるようになった。微動装できないことは高倍率望遠鏡にとって致命的であることがわかってきたからである。

N0.11 15cmニュートンF7.5(8mmガラス2枚貼り合わせ)1988年10月〜12月

 9cm、15cm、20cmとカセグレンを手がけ思わしくなかったので、一度、原点に戻るべくニュートン式を極めておこうと思った。

 初め、なるべく長焦点にしようと思ったが、部屋の中のフーコーテストをやるスペースが3mぎりぎりなので、F10は厳しい。6畳間の対角線を取ってもF8ぐらいが限度である。しかし、できあがってみるとF7.5であった。しかし、初めての本格的長焦点ということで、フーコ-テストにおいていろいろの教訓を得ることが出来た。前に、12.5cmのF9を作ってはいたが、また、そのときにも若干感じてはいたのだが、Fが大きいとパラボラの影をきれいに出すのが大変難しいことである。
 このことは、裏を返せば、Fの小さな鏡などは、欠点が目立たず、一見綺麗に影が出来るので、修正研磨が楽なように思えるが、鏡誤差を計算してみればわかるように、Fの小さな大口径というものは誤差がきわめて厳しく、1%以下である。つまり、急激に難しくなるということだ。(Fの3乗で測定が鈍くなる。)

 さて,一応なんとかパラボラの影がついて良さそうなので、鏡筒に入れて組み上げてみる。斜鏡が25mmの10cm用のパナップ製しかなかったので若干主鏡が欠けるし、支持棒が短いので取り付けに苦労したが、18mmのアイピースをつけて覗くとニュートン特有の切れ味の良い像が見られた。ただ、景色を見る限りにおいてであって、夜、木製を高倍率で見ると変にボケが付いている。縞模様もいまいち情報量が足りない。仕方なくもう一度研磨をやり直した。全面磨きを続けて球面に戻し、再び、オーバーハング。何度もやり過ぎては戻し、やり直し、このとき気がついたことがある。

☆ ピッチ盤は12mmのコンパネ(もちろん平面)の上に作ったのでピッチ自体は凸レンズ状である。ピッチは温度変化でずいぶんと体積変化するらしく、最終段階で研磨熱が冷め温度が下がると中央がへこむ傾向になるので、折角のパラボラも偏球面傾向になっていき、なかなか望み通りのカーブになってくれないことに気がついた。少し、オーバー気味にカーブをつけて、温度が常温になったときちょうど良くなるようにしたが、これは正確さを欠いた。同じようなことを2,3度繰り返したが、結局セレストロンの20cmシュミット・カセグレンに比べて遙かに見劣りがしたので、結局、あまり使わずに放置される運命となった。
 後に判明したのだが、このボケの原因は鏡の指示に問題があったのである。

☆ オーバーハングのかけ方のこつは、外れが大きくなるほど圧力は小さく加減し、中央近くまで欠けないようにすることである。これに気をつけないと、中央か修正の穴を作る。

☆ また、鏡に印をつけて、主発点を度ごとに変えるようにすべきである。(たとえば90度ずつ回す)

☆ また、圧力は極力小さい状態で回数多くストロークを取る方が良い。研磨は圧力の何乗かわからないが力を加えると急激に効いてくるようである。(経験則)

 12月に東京(篠原研)に行く用事があったので、途中、渋谷の東急ハンズに寄って、バネやねじと共に、酸化セリウムを買ってきた。以後、ベニガラは使わないようになった。この酸化セリウムは宝石研磨用のものである。二通りあって、450円の方はルミックスE(50g入り)の方が粒が細かいようである。1000円の方はコンポルという商品名で12000番とのこと。次のNo.12の球面鏡はこれで磨いたが、ベニガラに比べて遙かに研磨速度が大きく感じられ、また、仕上がりも綺麗になり、これこそ研磨された面という気品を感じさせる仕上がりになった。

No.12 8cmブラキ主鏡(球面鏡)及び副鏡(凸球面鏡)F10 1988年12月 驚異の方式!

 雑誌でブラキ式望遠鏡の記事を読み、見え味良好ということなので、嘘か誠か、だまされたと思って作ってみることにした。8mm厚のガラスを手に入れたので、アスペクト比10の8cmで作ることにした。失敗覚悟の上であった。

 砂摺りもF10ということで仕上げるまで2時間というスピード。その晩のうちにピッチ磨きという超スピードでできあがった。酸化セリウムの威力と、仕上げズリに2000番と3000番というカーボランダムを東急ハンズで買ってきたので、仕上げズリが大分丁寧に出来たせいである。透明になるのに時間はかからなかった。ものの30分もすると、砂穴が消えしまうもの凄さだ。
 しかも、凹面の方は、初めて左周に回折リングが見えるという快挙で、大変綺麗な球面が出来た。凸の方も平凸の裏フーコーで見ただけだが(球面なので凸レンズを通してみても良い)まずまず滑らかな凸球面に仕上がったので、たぶん、両方とも1/32λぐらいの出来だろう。

 さて、光軸が傾いた疑似カセグレンのブラキ式、どれほどのものか、半信半疑に組み立てて覗く。光軸をいじっているうちにその像がみるみるシャープになっていく。なんだ、このシャープさは! ニュートンもぶっ飛ぶ身え味である。カセグレンなど完全に吹っ飛んでしまい、15cmも20cmもしっぽを巻いてどこかへ消えてしまった。上弦の月がちょうど沖天にあったので、赤道儀にくくりつけて(まだ、取り付け具をつけていなかったので)セロテープで留めてみたのだが、月面を見る。信じられないほどの分解能だ! どんどんアイピースを短くしていく。仕舞いには5mmのオルコスコピックをつけた。たぶん、倍率は300倍を超えたろう。まるで、セレストロンを暗くしたような像だ。木星をみる。木星が今までだと、その円盤像もはっきりしない輪郭だったものがはっきりとした円盤像に身え、縞模様も大赤斑もよく見える。ガリレオ衛星も点像だが十分小さく、広がっていない。むしろこの点ではセレストロンより良い。ただ、足りないのは光量である。20cmと8cmでは400:64で、光量は25分の1なのだ。分解能は、たぶん、8cmの限界まで身えているのだろう。あまり倍率を上げると(4mmのオルソを持っている)像がチリチリになるのがわかる。もう回折限界だ。大口径の良さは分解能と質感である。滑らかで手触り感というか質感が格段に違うのだ。色も付いてくる。
8cmは所詮、小さすぎて観望を楽しむというには物足りないことは否めなかった。だが!ブラキの優秀さは存分に思い知った!
 そのメリットは作り易さにある!

@ なにしろ球面の超焦点なので研磨は容易、高精度に出来る。
A 球面なので、光軸の狂いにもあまり像の悪化はない。
B 球面だから、フーコーテストもきわめて簡単で修正研磨など要らない。ゾーン検査が不要!きわめて短時間でできあがる。
C 副鏡は大きくても良く、しかも口径食がないので、回折による像の悪化が皆無。屈折望遠鏡のようにコントラストも良い。
D 像は安定し、星像も小さい。色収差のないフローライトのような身え味である。
E 支持棒も要らず工作も面倒がない。
F 斜鏡を買わずにすむ。
G 超長焦点なので、長いアイピースで良く、高倍率が容易である。よって、星雲星団用ではなく月惑星用である。
H 口径の小さい割に分解能があるので屈折式と似た存在価値だが、遙かに軽い。安くて軽くてよく見える。3拍子そろっている。
I 鏡筒内気流が皆無で、口径の理論限界まで倍率が上げられる。
以上、メリットは圧倒的であり、デメリット(光量が少ない)はおつりが来るほどである。

 いずれにせよ、大成功であった。この方式はもっと宣伝されてしかるべきである。ニュートン式より光軸は調整しやすく、観測時の視点が下にあるので対象物に正対しているところが感覚的に良い。初心者には失敗のない方式であり、おすすめ品である。なぜ、これが流行らないか疑問であるが、たぶん、名称と構造上の理解が直感的でないところか。(これは、カセグレン方式を縦に1/4にしたとも言うべきものだが、なぜ良いのか一般には理解しにくい要素がある。これが優れていることを理解するにはカセグレン方式を理解していないとダメなのである。そして、カセグレン方式が放物面主鏡と凸双曲面副鏡から成り、その製作と調整が非常に難しいことを理解していないと、ブラキ方式の巧さが理解できないのである。つまり、傾けた球面はそれぞれ放物面と双曲面の一部なのだという理解である。傾け方により、それぞれの非球面を近似的にではあるが、ある意味精度高く実現しているのである。これを考えた人は天才だ!

N0.14 10cmロングカセグレン F5.0 1989年1月

 8cmのブラキの大成功で長焦点の威力を思い知った。いままでのカセグレンが失敗だった原因は、Fが小さな鏡の製作がきわめて困難で精度が出ないことであルと考え、長焦点だったらどうであろうかと思い、長焦点のドールカーカム鏡を狙って製作した。

 ドールカーカム主鏡の修正量は60%ということで、淡い影である。鏡の左周の光臨が綺麗に出ている。さほど苦労せずに出来上がり、若干楕円を超えて放物面鏡の過修正気味となったが、それならそれでカセグレンであり、まあ、いいだろうと言うことになった。副鏡は球面なので楽なはずであったが、これも、何の加減だか凸放物面の影が出てしまったのでそのまま終了した。したがって、組み上がったシステムはどちらかというと、修正量が足りないカセグレンと言うことになった。

 さて、身え味であるが、景色では遠くの樹木の枝の線が綺麗に出て、気持ちの良い像である。口径が小さいので迫力には欠けるが月面を見ていると飽きないほど分解能があり、これは使えると思った。本体はブラキで採用したパイプ2本のオプチカルベンチ方式。

No.15 15cmロング・カセグレンF6.0 副鏡40mm曲率半径628mm合成焦点距離3590mmのF23 1989年2月

 10cmカセグレンで良い結果が出たので、本格的に使えるものということで15cmの長焦点カセグレンに挑戦することにした。この主鏡には、初めて円錐鏡を試み、軽量化を図り、鏡支持を中心穴のパイプで固定した。この効果は大きく、主鏡の圧迫がなくなって歪みも起こらず、きわめて良好である。植物の花びらのような重力的にも自由な形である。また、裏を円錐に削ることで熱的な順応性も高く、保持としては最高なものだ。副鏡の保持には10cmの時は9.5mmだったが、15cmでは13mmの、少し太い平行レール式とした。筒内気流はゼロ。

 主鏡の研磨はF6.0ということで、かなり精度が出やすいはずであったが、裏の円錐形状が影響してか、研磨熱の温度変化による変形が大きく、かなり温度が戻るのを待たねばならなかった。少しオーバーに修正しても、しばらくすると負修正となってゆくので、かなり勘に頼って放物面にした。酸化セリウムのおかげで鏡面の光沢は極めて高く、裏がグラインダーで削った磨りガラスなので、まるで清冽な水を湛えた皿のような印象である。副鏡は何度も磨き直して、現在は4面目の力作である。

 このロングカセグレンはよく見えた。イオの木星面通過がはっきり見え、イオの円盤像も丸く見えた。また、木星の縞模様の縒れたような模様がかすかに見えコントラストもセレストロンより遙かに良かった。

 副鏡の曲率半径から合成焦点距離が計算できるのだが、実際は副鏡の位置が敏感に効き、なかなか計算通りにはならない。それと、工作上、理論どうりに副鏡の位置決めが出来ず、ほとんど現物合わせで作る。したがって、13mmのパイプも、最初は余裕を見込んで長めに作っておくものだから、作り上げた状態は、まるで釣り竿か物干しを持っているような具合で、はなはだ不細工なものだ。それから、遠くの景色、我が家の場合、何面は開けているが、あまり遠くの景色はなく、約400mのところにある小学校があって、この門燈の中に水銀灯の入った球形のガラスがあり、夜間のテストにはもってこいなのだ。大概はそれを見ることで望遠鏡の出来を評価しているのである。この門燈を見ると光軸の狂いや球面収差の具合がわかる。なまじ遠すぎて小さい光源だと面白みに欠けるだろうが、何しろこの光源は背景に大きな銀杏の樹があって、季節によって葉の茂り具合が変わり、望遠鏡の製作月日が、そのテストの印象とともに記憶され、いささか風情がある。縦横のピントの具合は光軸の修正の具合だが、それは小学校の体育館の窓の縦横の枠で確認できる。いつも同じものを見て比較評価するのは大切だ。
 よく、星を実視して検査するという記事があるが、シーイングの関係で実際には一定した評価は難しいものだ。それに、いつも晴れた夜とは限らない。比較的近くの景色をテストに使うのは、それなりに意味のあることだということを強調したい。

 ところで、15cmロング・カセグレンのファーストライトはその小学校の景色だった。今まで見たことのないような群を抜くシャープな輪郭が視野を流れてきたときの感激は今でも忘れられない。F6のカセグレンなど、そう滅多にはないだろうが、カセグレンだってFが大きければシャープなのだ。
 カセグレンは像が甘いと言われがちだが、その原因はまず副鏡の研磨精度には違いないだろう。思うに、主鏡のFの小ささから来る精度の問題が大きいのではないか。Fの3乗に逆比例する精度の厳しさは研磨の善し悪しを超えたところに厳然と存在する絶壁なのだ。同じ人が磨いたら、F3よりF6の方が確実に8倍良い精度に磨き上がるのだ。F9なら27倍なのだから、これはもう次元の違う望遠鏡の能力として考えないといけない。F3は短くて寸詰まり、ポータブルなのに結構見えるね、と言わせるべきものなのだ。それに対してF9は真剣勝負をせねばなるまい。F9で作って見えなかったら首を括る覚悟がいる。そう言う意味では、F2のシュミットカセグレンは驚異の望遠鏡であったと言うことに気がつかされる。
 F9のシュミットカセグレンなど作るはずはないのだが、もし作ったら、絶対ニュートン式より甘いなどとは言わせないものが出来るはずだ。ものすごく微量ですむ補正板の研磨。その上、筒内気流ゼロ、超高精度の主鏡(球面だから、簡単に研磨できて超高精度に仕上がる)副鏡も同様に高精度に出来て光軸もさほど厳密さを要求しない(放物面と凸双曲面の組み合わせと比べるとだが)。大口径で安価な長焦点。完全無臭さと言っても過言ではない性能で、フローライトと同じ性能の205mm、255mm、280mm望遠鏡が出来るとしたら、その身え味は想像を絶するものと言わねばなるまい。ただ、実際作るとなると、20cmのロングカセグレンはでかいね。

No16 15cmF7.5ニュートン研磨やり直し(アルミナイズ発注) 1989年3月
 8cmブラキの主・副鏡とともにパナップへアルミナイズ依頼
 
No.17 12.5cmF2.9 極端なショート・カセグレンに挑戦

 果たして、ロングが見える原因が研磨技術なのかをテストするために、思いっきり短いカセグレンを作った。そうしたら、出来が良くて十分実用になった。ただし、Fが小さいので光軸の狂いが影響する。結局ロングの方が実用事の問題点が少ないようだ。これはこれでコンパクトで高性能なので大いに気に入った。主鏡の裏面も前回同様円錐に削り、磨りガラスのさらに清冽な水を張ったような綺麗な研磨面であった。記念的な傑作で、永久保存している。

N
o.18 口径25cm F5.0 c.f4825mm 1989年4月〜5月 我が製作歴史上 最高傑作!

 本格的な観望目的で、いよいよ大口径に挑戦した。副鏡は二つ磨き、確か3回目の研磨でドンピシャ良いものが出来た。
 主鏡の方は最初の修正で良い結果が出た。若干過修正気味とした。これは、リッチー・クレッチアン傾向を出すつもりで、副鏡の方で収差を消したつもりである。身え味は、これまでの最高で、25cmの威力が十分出ている。明るくシャープで、月面など、信じられないほど細かいクレータが見えてくる。光軸合わせも割と楽に合い、ほれぼれするほどの身え味で、大成功であった。以前、20cmカセグレンF3.0 で苦労したのが夢のようである。あまり苦労せずに出来てしまったので、次を作るのが億劫になってしまった。大成功のお祝いに、高価なマスヤマのアイピース20mmを買った。これは、アメリカンサイズの覗きやすく高性能なアイピースである。土星を見ても、くっきりとした輪と本体で、もう少し高く上ってくれたらなと思ったが、朝方、私としては異例の早起きをして土星を堪能した思い出がある。やっと、メーカーの20cmを超えられた気がした。

No.19 口径12.5 F10ブラキcf3450mm CF27.6 1989年5月

 本格的仕様を目指したブラキがほしくなったので、先の8cmの1.5倍のものを作った。やはり、シャープな像とともに明るさを伴う解像感であったが、観望時の感激は25cmのカセグレンに適わない。しかし、半分の口径で25cm並の鮮鋭度である。鮮鋭度こそ誇れるが、光量の持つ圧倒的な魅力は、大口径の存在意義を改めて重い知らしめる結果をもたらす結果となった。しかし、ブラキの可能性はますます広がった気がしている。18〜20cmぐらいのブラキを作ってみたくなる。そうなると、相当長くて大がかりなものになりそうであるが、理論的にはいけるのではないか。作りやすくて組み立ても簡単なわけだから、将来、チャレンジしてみたいと思った。
※この頃、同時に以前の20cmF3カセグレンを再研磨していた。

No.20 13cmF6.0 ドブソニアン(星野観測用)6月

 再びニュートンに帰り、低倍率星野観測用のものが欲しくなったので挑戦。これは、明るく短いニュートンで、以前作った12.5cmのニュートンを分解して出た鏡筒部分の再利用を目的としたものでもある。なかなか明るいし、低倍率の視野は目に気持ちのいいものである。星も沢山見えてドブソニアンの面白さが初めてわかった。斜鏡も自作平面で7cmのものが出来た。

No.22 22cmF5.0ドブソニアン 7月〜8月 目が眩むほどの星空がみえる!

 大口径ドブソニアンが欲しくて作った。斜鏡も自作平面である。星が、目眩がするほど見えるのでびっくりした。こんなに星は見えていたのかと、改めて驚かされる。同時に、近くの金物屋「加藤商店」から電気熔接機を買い鉄材を使って作った初めての望遠鏡である。また、これを活かすために超広角アイピースを買った。目眩と吐き気をもたらすような気がして、逆にあまり活躍しなかった。思うに、平面がうまく出来ていなかったのだと思っている。しかし、広域の夜空探訪は天文観測の原点でもある。一つの分野でもある。星雲、星団を観測するのも面白いかなと思う。もう一度、チャレンジしても良いものだ。
後記:2020年の春、プチプチで厳重保存してある鏡を取り出してみると、自分でやったアルミナイズが結構腐食せず残っていたのでフーコーテストをしてみた。すると、10mm2枚の貼り合わせの具合が良かったのか、かすかなパラボラの影が残り、球面に近い感じになっていた。カセグレン鏡の場合は中央の穴の部分の盛り上がり鏡周の甚だしいアップが見られるのだが、ニュートン式の場合はこれが起きていない。下記のNo.24のカセグレン鏡も残っていたので、こちらはアルミナイズが腐食しており、そのままでは使い物にならなかったので、重曹とパイプクリーナの原液で落としてからフーコーテストしてみたら、こちらは不思議なことに面が乱れていなかった。軽く鏡周にターンアップが見られたが、中央の穴は異常がない。この面は現役の時も優秀だったが、現在でもパラボラの影がうっすら残っている。
※エポキシ樹脂接着剤についての考察:二液混合型は同量をきちんと混ぜないと硬化が完全にならず、強度的に問題がある。真空蒸着するときに微少な気泡が残る場合は膨張する。経年劣化としては膨張傾向があるのかも知れない。軟化点温度が200〜300度なので、加熱して圧縮すると復元するかも知れない。

No.22 16cmF2.75カセグレン/リッチー・クレチアン 1989.11月〜12月

 先の22cmドブソニアンを研磨してから、25cmカセグレンの鏡筒を熔接機で作り直したりして夏は過ぎた。しばらく、疲れてしまって研磨はお休み状態が続いていた。
 9月、10月頃に先の20cmF3.09のカセグレン副鏡の再研磨をして、なんとかNo.10の復活を試みたが、何度やってもダメ。それで副鏡のメニスカス球面の裏メッキという昔思いついたアイデアを最後にやってみた。これは、修正量をメニスカスレンズの厚さから来る屈折率の利用であるが、、メニスカスの厚さが計算に入れられていないから全くの偶然に期待するものだったので、成功したとはいえず、また、表面の反射も4%あるものだからゴーストを作り、邪魔になってアイデア倒れ。というか、よく考えてみると、メニスカス裏反射凸面は逆の補正となっているので球面副鏡より悪いことが、考察により判明した。

 そうこうして、結論としては主鏡に何らかの問題があると思い、少し小さめの短焦点カセグレンを磨いてみることにした。
 主鏡と、副鏡の研磨が完了したのが12月の中旬であった。再び、ボール紙で鏡筒を作り、黄色く塗ったものが出来上がった。これは結構見えた。

No.23 20cmF7ニュートン 11月
 史上最高の私のニュートン式 木星の観望最高!

 22cmドブソニアンに35mmのエルフレを用いて星を観測すると、視野の端はものすごいコマ収差だか像面湾曲だかで目眩がし、疲れているときなど吐き気もする問題があったが、斜鏡に問題がある(実際、若干のアスが見られるので)と考え、平面を砂ずりから本格的に磨くことにした。
 で、口径10cmで厚さ10mmと8mmの厚ガラス3枚を完璧な平面にすべくかなり時間をかけてワンカラーのニュートンフリンジにすべく頑張った。検査は、3枚の平面を交互に重ねて干渉を調べるのだが、そうしているうちに力を加えていると擦り傷が生じてしまったが、なんとかワンカラーの立派な平面が製作できたので、そのうちのベストのもので斜鏡を作ったのであるが、斜鏡に使う部分を10cmの丸い平面のいいところの中心部にするか、半分に割って二つ作るかで迷っているうちに、何を思ったのか、どうせなら、もう1枚20cmのニュートンを磨いてしまえとことで、11月の中旬にボール紙で鏡筒を作り始めたものである。つまり、ドブソニアンは一時棚上げとなった。

 20cmの鏡材は10mm厚の板ガラスを2枚重ねて、エポキシの2液混合接着剤で貼り合わせるのだが、季節的に気温が低くて、18時間硬化型の方は粘度が高く、どうしてもうまくいかなかったので、幾分柔らかい30分硬化型のエポキシで接着した。これも、あまりうまくいかなかったが、実験のつもりで20cmのF7を磨き始めた。
 今回は新しい試みとして、1/4扇形のガラス研磨に挑戦した。これは盤ガラスの節約と、将来35cmを磨くときの準備のためである。1/4ツールは大変具合良く、特に仕上げズリの時間が下向き研磨の半分ぐらいの時間ですんでしまうし、十分球面が出来ているようであって、大成功であった。ピッチ研磨の段階では透明化に時間がかかりそうだったので22cmのピッチ盤を再利用して使ったのだが、その後のパラボラかが全くうまくいかず、何度やってもターンダウンを生じてしまう。これは、球面半径が違いすぎるガラスに作ったピッチ盤では、温度変化でピッチの密着がうまくいかず、ピッチの端が浮いてしまうためだという結論に達した。端が浮いて突っかかるために強いターンダウンが生じるのである。何度も、確か10回もフーコーを覗いた記憶があるが、とうとううまくいかず、結局、ピッチ盤も1/4ツールを作り整形をすることとした「。これが結局うまくいき、左端の光輪フリンジも見える位の満足のいく放物面になった。
 
 さて、メッキも終了し、組み立ててみたらずいぶん大きなものに仕上がってしまい、ボール紙星の鏡筒といえども、径25cm長さ1m40cmもあって、結構重いのにびっくりした。鏡筒バンドはコンパネ合板2枚の貼り合わせで、なかなか見栄えも良く、鏡筒の回転も具合がよろしい。

 肝心の身え味だが、これは素晴らしかった。平面の精度とパラボラの出来具合が宜しかったのか、木星の縞模様が今まで私が見た中で一番の見え方で、フェストーンも瞬間大気が静止したときのぐしゃぐしゃした縞模様もはっきり見えて、大感激である。月面はコペルニクスの横の微少クレーター列がはっきりかぞえられるほどに見え、今までにない細部の解像度をもたらしてくれる。これは、25cmカセグレン以上の感じがする。25cmカセグレンはもう少し明るく倍率が高く、トータルの身え味ではカセグレンに軍配が上がるかもしれないが、いわゆる鮮鋭度からいくと一番であった。欠点は重いことと、目の高さが高くなり、座って除けない不便さである。だから、カセグレンの座って観望できる落差を味わった後ではニュートン式が多少よく見えても、カセグレンの方が好きである。
 まあ、しかし、ニュートン式の像の切れ味が味わうことが出来たし、いくつか技術的な収穫もあって大成功であった。

成果
@ 1/4ツールの優秀さ
A 平面研磨に自信が持てたこと
B 斜鏡の工作に成功したこと

No.24 16cmF2.75カセグレン 10mm厚ガラス2枚貼り合わせ

 20cmF3のカセグレンが何度やっても見えないので、8mmガラス3枚の貼り合わせがまずいのかと思い、(研磨すると中心部の厚さが残り1.5〜2mmぐらいしかないので)短焦点がいけないのか、主鏡そのものに不均一な原因を作る何かがあるのか解明したく、もう一度、長短焦点を作ってみようと思った。
 以前、12.5cmF2.9で成功しているので、16cmではどうかと思ったのだ。

 記録をサボっていて、この後1990年4月18日記憶をたどりながら記す。

20cmF7のニュートンを作った後、手がけたものは16cmF2.75カセグレン、20cmF3カセグレンの磨き直し版、それと、25cmF5カセグレンの主鏡再研磨である。これら、3つのカセグレン研磨でわかったことは、主鏡のパラボラ修正度がどうやら不足気味が失敗の原因だという結論に達した。これは、20cmカセグレンの再研磨でわかったことだった。一番の決め手は直焦点での星像フーコーテストであった。これはヌルテストなので球面のフーコーテストのように、ナイフで切っていくと全面が暗くなるようになることが理想である。この方法は副鏡を含めたマッチングのテストにもなっており、最も優れたテスト法であるという結論である。これを実行すると、かなりよく見えるものが出来る。こうして、再度主鏡のフーコーテストをすると、1,2割オーバー気味であることがわかった。従って、副鏡の方も正規の双曲面よりちょっと度の強いリッチークレチアンの傾向でバランスを取っていたことになる。(主鏡が過修正だと副鏡の中央に光が集まり、それを修正するためには強い双曲面である必要があるからだ。)
 F2,75という短焦点の16cmカセグレン主鏡の修正量はものすごいもので、並大抵の気合いの入れ方では作れない。相当、過修正を作るつもりでちょうど良いぐらいのものだ。たっぷり修正した主鏡で完成したカセグレンの身え味は、大変気持ちの良いものである。像面湾曲が多少あるのがわかる。これは、明らかにリッチークレチアンの傾向である。
 光軸を合わせるのが大変で、鏡筒の製作精度がきわめてものを言うということもわかった。特に、カセグレン製作上重要なのはセンタリングである。主鏡、副鏡、支持体のセンタリングである。
 
 20cmF3の再度挑戦で、ようやく決定版が出来た。20cmにもなるとちょっとした光軸の狂いで身え味が落ちてくるので、実用には十分気をつけねばならない。

No.25 13cmF6.0 ドブソニアンの再研磨版

 で再検査してみたら、パラボラ修正量が不足で甘くなっていたので、再研磨をしたら、ものすごくよく見えるようになった。高橋のHi-ORS4mmで見た木星の縞模様は25cmカセグレンに迫るものがある。あきれるほどである。ただ、暗いので残念である。やはり、25cmの身え味には負けてしまう。特に、色と濃淡の移り変わりの様子が違う。ただ、
いかに精度が大切かがわかった。

 
この最後の結論は肝に銘ずべし
 


現在、これら30年前の鏡たちのほとんどは残っているが、残念ながら、エポキシ樹脂による貼り合わせ鏡なので面が変形しているものがほとんどである。加圧状態で加熱して変形が元に戻るかどうか、そのうち実験をする予定である。
 今後、鏡を作る場合は、極力接着剤は薄くし、硬化前に加圧状態で真空中で気泡を抜き、残留期待の内容に貼り合わせる。また、少し高いが、紫外線硬化型のエポキシ接着剤がいいかも知れない。あるいは、貼り合わせ鏡はやめて、超薄型ガラス鏡の可能性を追求する。たとえば、10mm厚ガラスを軟化点以上の高温で必要な球面半径に加工する技術を開発する。ガラス鏡の重力による撓みの問題は、地球重力を受ける宿命であるが、薄くても厚くても、重力変形はさほど差はないかも知れない。平面ならともかく、球面だと曲げ強度が増すからである。
 花びらが形を保てるのは、その形状に秘密があるのだ。曲率が深いほど丈夫である。薄ければ自重が小さくて、想定外の外力には弱いが、重力変形は少ないはずである。
 元来、反射鏡の研磨の世界では口径の1/6とか1/8の厚さが必要だと言われてきたが、現代の巨大望遠鏡の構造は、薄型ガラス剤をアクチュエータで自動変形して重力による撓みや、大気の揺らぎによる像の乱れを瞬時補正するのが常識となってきている。これらはコンピュータの発達による新しい制御技術である。無重力で大気による擾乱を受けないハッブル望遠鏡以外の地上の望遠鏡は、この技術がないと解像度を保てなくなっている。古典的な大望遠鏡の時代はとうに過ぎ去っているのだ。アマチュアの望遠鏡も進化しないといけない。



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